真善美は自分の中に

「菩提樹の根元に座って真理に気づいた晩、ブッダは彼自身にとっても、そしてまた私たちにとっても、非常に驚くべきことを発見しました。

善や美、真理とは、あらゆる人の中に見つかるものでありながら、それを知る人はほとんどいないことがブッダには分かったのです。

人々は真理や善、美とは、どこか別の場所か、他の誰かの中にあるのだと考えており、自分自身の核心が真理であり、美であり、善であることを知らないでいるのです。

私たちは自分自身に欠けていると感じるものの代わりに、他の誰かを見つけることに生涯を費やそうとします。

これがブッダが悟りの瞬間に言ったことでした: 『なんと奇妙なことか──あらゆる命あるものは誰もが皆、完全に覚醒した性質がありながら、誰もそれを知ることがない。そしてこのために、生涯から生涯へと渡って苦しみ、輪廻の大海に漂っては沈んでいるのだ。』

私たちが善や美、真理の本質とは自分自身の中にあるのだと気づく時、何かを探し求めることをやめます。自分自身に何かが欠けていると感じてさまようこともなくなります。そして他者を欺くこともなくなります。

真理が、美が、そして善が、すでに自分自身の中にあることを発見し、自分を飾る必要がなくなるからです。

私たちはまるで、自分自身がもろくて醜いと信じ込んでいる波のようなものです。他の波たちは自分よりも美しく、力強さに満ちていると信じ込んでいるのです。

その波は劣等感を持っています。でもこの波が、そのものの本質である水へと触れたなら、水とは美醜や高低、こちらやあちらといったあらゆる概念をすべて超越していることが分かるのです。

たとえ大波だろうと小波だろうと、半人前の波だろうと、三分の一の波だろうと、それはやはり水でできているのです。水とはこれらのあらゆる条件を超越していて──不生不滅なのです。波とは事実ただの水であり、その観点では、すべての波は水であるために平等なのです。

この世に生きる誰もが──女性も男性も、裕福な人も貧しい人も、学のある人もない人も、病人も健康な人も──誰もが善と美、真理の素質を持っているのです。

もう自分以外のどこへも探そうとしないでください。あなたが探しているものはすでにあなたの中にあるのですから。

あらゆる命あるものは純粋で明晰で、完全なる性質を自分の中に持ち合わせているのです。そして誰もが、自分の内なる美や善、真理に正しく触れるために、自分自身に立ち返ることが必要なのです。

あなたがひと度、この内なる本質に触れたなら、幾生涯にも渡って続けて来た探求を終えて、自分自身に対して揺らぐことのない深い信頼を持つことができるのです。その時、あなたには幸せが、平和が持てるのです。」

ーティク・ナット・ハン

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